2006年04月27日

飛行機


13時40分,熊本発羽田行きに搭乗される方は....ブレザーは着ている物の彼のジーパンの左膝は、破れてはいたが穴はあいていないものの糸が横に並んでいるだけだった。

中山 陣太、四十二歳が空港までの所要時間は約3時間、これは最短と行っても嘘にはならない。
住んでいる所は、有明、いや東シナ海に面する天草郡富岡町という小さな港町である。
中山 陣太は5年前に横浜まで、漁協の仕事で行ったことがあるが、後は一度も天草列島から離れたことはない。

その時は、富岡町からバスで本渡乗り換え天草五橋の1号橋のある三角から三角線で熊本迄行き熊本から寝台列車みずほ号で横浜まで上京したのであった。
当然今回も同じ方法わ利用するはずだったが、予定日を一日間違えたことが、中山 陣太の人生最大の出来事になると始めから予想されていたかもしれない。

飛行機搭乗時の絨毯を歩く気持ちは何とも言えない物である。自然に胸を張っていることを本人は気づくはずはない。六頭身の中山 陣太を物体たとえるならば、トリス(ウ井スキー)の人形ということになる。
肩の上に四角い頭がのっていると想像すればいい。
彼が横を向くときは、自然に胸が同じ方向に動くゼンマイ型人間だ。(誰が命名したかは不明)

先の潰れた帽子を横に傾けたスチュワーデスが、テープレコーダーから流れるのように同じ言葉、同じ音量で「こんにちは、こんにちは」と、一人々に間違いなく伝えている。訓練のたまものと言うには不自然だ。

「ア~ァ」大きな声が機内に響きわたった。と同時にスチュワーデスが駆け寄り笑顔で対応した。
中山 陣太は真面目な顔で「この飛行機のプロペラは何処にある。」と質問したのである。
スチュワーデスの帽子が一瞬動いた。がその位置で暫らく動かなくなった。
周りがら笑い声とも取れるざわめきが聞こえた。4箇所、5箇所、それよりももっと多いことは確実であった。

このような質問に対する対処方法の教育を受けたかどうかは定かでない。
スチュワーデスは、「まもなく離陸なので」と小声で言いながら中山 陣太のシートベルトを止めた。

かすかな震動と共に、徐々にスピードが増したのを感じた。飛行機は、斜め何度なのか考える間もなく上昇した。救命具使用法の説明が始まったが、陣太は黙って左小指と薬指の間をさすっていた。

スチュワーデスが、週刊誌と膝掛けを手に通路を歩いてきた。中山 陣太の座っているところは、窓側の席で外がよく見える場所である。スチュワーデスが、陣太の方に進んでくると、左前の人が週刊誌と膝掛けを受け取った。
陣太は、週刊誌二冊と膝掛け二枚を受け取り「有り難う」と言って微笑んだ。
飛行機事故は夏場に多く発生している。それも一度発生すると続けて発生するのはなぜか。
一ついえることは、空気密度が関係していることだ。私にはそれ以上のことは、皆目検討もつかない。

子供を二人連れたまだ若い人にとっての移動は又大変なのだ。まるで背中に取り付けてあるゼンマイがいっぱいに巻かれているかのように、チョコチョコと動き回る。

それが目的地に着いたとたんに、動かなくなる。さんざん人に気を使い、次は重たい荷物になってしまうわけだ。
しかし陣太には、それを考える余裕が全くなかった。ただ青白い顔をして、油汗をかき黙って本を見た振りをしているだけであった。
船の揺れには体も慣れているが、脳味噌に響く音にはどうすることもできなかった。

ダッダッダッ通路を走る子供の音がした時、ワァーと悲鳴が聞こえた、その声は陣太だけではなかった。

斜めに列前にいた男も同時に声を上げていた。男の名前は岡本 太郎、沖縄でよく見られるアレ、屋根の上に置かれているシーサーに見えたが、まぎれもなく獅子に近い顔をした陣太と同じぐらいの真人間であった。

二人会わせて、トリスと獅子で、青葉台にある酉鮨と記憶しておくことに決めた。
一度自分の欠点をさらけ出してしまうと、人間は突然強くなる。もう怖いものがない。

陣太は紙の袋からイイダコの干したものを取り出し、目前にあるテーブルに八パイ並べて右端から順番に食べ始めた。
機内は干物独特の匂いに包まれていった。食べたらやめられないのが不思議だ。
岡本 太郎も袋からなにやら取り出した。
たこ焼きである。八個入ったプラスチックの容器を三個、目前にあるテーブルに並べた。
太郎は又袋の中にて手を入れ何かを探し始めた。グローブのような右手に持っていたのはまぎれもなく楊子だ。
太郎は三個の容器を開き次々に楊子を刺した。24本の楊子を使用したことになる。
彼は一瞬の合掌と同時に両手で食べ始めた。グローブのような手で素早く口に放り込んだ。

陣太の匂いを気にする人今はいない。ゼンマイを付けた子供も、スチワーディスも、陣太の目も瞬きを忘れていた。

太郎の胃袋にすべて収まる迄に要した時間はあまりにも短く、特技を見せる適した場所でないことも、すべてをタイムスリップさせたことも忘れさせていた。

この時、ゼンマイを付けた子供からヤッタ、ヤッタと言う声と同時に、機内から拍手が湧いた。
50秒ほどたってから、太郎が立ち上がり、一言小さな声で「ファィヤー」と一度言い頭を書きながら何もなかったかとばかり静かに座った。

腹ごしらえをした陣太は、物思いにふけていた。
陣太が富岡中学二年の時である。担任の田口先生は体育の教師で学校でも人気が高かった。と言っても、校長含め先生は六名よりいない小さな学校である。女先生は保健と家庭科担当の山口先生一人であった。
山口先生は教師になったばかりの二十二歳、独身で左の頬に小さなホクロが一つあった。
季節は初夏、有明海と東シナ海の境界、極力東シナ海に近いと言った方が相応しい。富岡町の人達は、漁に関係していて、陣太の父も漁師をしていた。夜明け前に集魚灯を備えた舟で東シナ海に向かうのである。
烏賊漁である。烏賊漁は皆さんご存じのようにツノと呼ばれるハリを餌に見せかけて烏賊が食いついたとき引き上げると言う漁法だ。
陣太の父はそのツノにちり紙を三枚巻き赤い糸で止める方法を自分で考案したのだと毎日のように陣太にいっていた。
ツノが海水に浸かると、ちり紙がブヨブヨになると、烏賊が普通のツノより飛びつきやしいと言うのである。陣太の父は舟の左右に三本ずつにより操っていたという。舟の縁に取り付けられた竹上から海中に落としたツノを手際良くシャクリを繰り返しながら釣るのだという。

多い日は二時間で三十匹も釣果があるという。うっすら明るくなったら烏賊漁は終わりだ。
通常ではこのまま帰るのだが、今日は読者のために回り道をする。陣太の親父は、岩場のところで舟を止め釣った烏賊を餌にして、ガラカブ(カサゴ)釣りをして帰ることにした。新鮮な烏賊は刺身にして、そが上にゴロをのせて食べるのは何処の里の習わしや・・・待てよ、これは秋刀魚の歌に似ている。方向転換、本題に戻る。

カサゴは煮付けが最高というが、筆者は料理に対してチョコットうるさい。自慢の食べ方を伝授しよう。
大きさ15~20㎝ならば鱗、腸を取り除き飾り包丁を背骨に添って思い切り深く入れ片栗粉を薄く付けて150℃位の油でゆっくり揚げ最後に190℃位の油でからっと揚げる。
ゆっくり揚げている間に、お鍋に水、薄口醤油、調味料、酒、ミリンを入れ沸騰させる。量はお好みでよい。
その中に大根下ろしをこれでもかっという具合多めに入れる。深めのお皿にカサゴを盛りつけ、その回りに大根下ろし煮をたっぷりと、体裁良く入れる。最後に小葱をパラパラ・・・・出来上がり、カサゴが手に入らないときは鰈でも良い。コツは飾り包丁を深く入れること。筆者はクッキングパパでもクッキングママない。

大変な寄り道をしてしまった。話は陣太に戻る。
時は初夏、全校生徒で海水浴だ。人数でいえば校長を含めて82名。楽しいと思いきや漁師の倅なのに泳げない。運動会で得意としているのは綱引きだ。陣太は舟付き場の近くで胸まで海水に入り足で貝(ここでは大きなヒラガイがとれる)を探していると急に小便がしたくなった。
海水パンツを下げて放尿しようとした時、陣太の下半身に激痛が走った。ギヤォー、ギヤォー全生徒が陣太を見つめていた。
田口先生が素早く陣太の所へ駆け寄った。
クラゲに刺されたのである。陣太のタマタマは、ヒョウタンのようであった。
陣太は余りの痛さに田口先生に抱きかかえられても、ギヤォー、ギヤォーの雄叫びは続いていた。
山口先生がタオルをヒョウタンの上に載せた。
保健員の山口先生は、陣太のヒョウタンのようなタマタマ見るなり、お顔は真っ赤っかになっていた。
応急手当としてアンモニア水をヒョウタンのようなタマタマに塗った。
陣太のタマタマは、山口先生のホッペように赤くなっていた。

この時、ギヤォー、ギヤォー獅子頭男である。
飛行機が気流で揺れたのである。その大きな声に寝ていた子供八人が一斉に泣き出した。
スチワーデスが手にお菓子と、オモチャ持って通路を走りまっわていた。子供は実に単純だ。次から次と泣きやみ機内は元の静けさを取り戻した。
まもなく羽田だ。陣太は何気なく地上へと目をやった。オヤ変だぞここは羽田でない千葉の上空だ。一瞬にして陣太の顔色が変わった。ハイ何とか言う言葉が脳裏を横切った。
スチワーデスはいつもと変わらぬ顔をして座っていた。陣太はシグナルを送った。丸い五十円玉みたいな顔をしたスチワーデスが急ぎ足でやってきた。
自分と反対側を担当するスチワーデスは必ず美人とはよく言ったものだ。現実とマッチしている。
何やら五十円玉みたいな顔をしたスチワーデスと話した後、陣太の顔には何とも言えない微笑が見られた。「ヤッタ、ヤッタ」大きな声をあげなくて良かった。と自分自身の行動に酔いしれていた。
「まもなく羽田空港に着陸します。」シートベルトの着用を確認して下さい。
陣太は、初めてのお使いを経験した子供のように、知らず知らず逞しさを身につけている。第2部の陣太の活躍が皆さんの期待に応えられる事は確実だ。

「クイーン・ググ」無事着陸だ。小さな拍手が聞こえた。その拍手が終わると同時に「フゥ」とため息が聞こえた。その声は、陣太でも太郎でもなかった。反対側を担当する美人スチワーデスを見て陣太は「ニコッ」と微笑んだ。
  


Posted by zinzin at 11:25Comments(3)